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少年キケロ
九年前の夏。
キケロは故郷のアルピヌムから出てきたばかりで、大都市ローマの街のことなど右も左もわからない、鼻っ柱ばかり強い田舎の少年だった。
憧れのローマは臭気ばかりが気になった。
川沿いの街は湿度が高く、風が凪いでしまえば肌はじっとりと汗ばむ。朝には濃霧が立ちこめ、そこかしこで蚊や蝿が唸りをあげている。
ぬかるんだ窪地に高層建築が密集していて、往来は常に人であふれかえっている。涼しい風が吹く丘の上の広い邸宅を有するのはごくわずかな大富豪だけで、多くの市民は狭い土地の中でひしめきあうように暮らしていた。その日の食べ物にも事欠くような貧民も少なくない。
坂ばかりの道は極端に幅が狭く、舗装もされていないので土ぼこりがひどい。
張り出すように造られた明かり取りの窓からは、色とりどりの洗濯物がはためいている。食事時になると、どの窓からも黒い煙がたなびく。
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