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『私と関わった記憶のみを消すなんて事、出来る訳がないわ』
『出来るわ。
今からその方法を教えるから
まずは、フランツ・ミューラを私に返して』
本当に、メリルの言った方法でそんな事が出来るのだろうか。
『…本当に確実なのは、直接魔力を注ぎ込む事なんだけど…』
そう言った時のメリルの表情は何を想像したのか、一瞬だけど顔を歪めていたっけ。
『直接…??』
『……いいわ。多少不完全でもいい。
これから貴方の右手に、私の魔力を留めて置くわ。これは、使わなければ私が生きている間いつでも発動出来る。
フランツ・ミューラが意識を手放しているとき、その手を額に当てながら、こう唱えるのよ…ー』
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本当にこのやり方で、記憶が消えてしまうのか、なんて事を疑問に今更抱くとは、まだ私はそれをやらない言い訳を探している。
嫌なのに、もうあんなのは嫌。
私のせいで、また傷つくこの人を見るのはもう嫌。私を盾にされてフランツお兄様が害になる人々に対抗しないのも。嫌なのに。
後は唱えるだけなのにー…
額の前にかざした右手首にキラリと光りを放つ純金のチェーンがついた腕輪が目に入る。
フランツがお守りにとくれたプレゼントだ。
『これは、お守りだ。
肌身離さず持っているんだよ』
温かい声が、聞こえた気がした。
「ロスト メモリー」
淡い桃色の光が右掌を中心に輝きを放ち、フランツの額に紋章が現れる。周りで遊んでいた子供達は綺麗な謎の光に感嘆の声を上げた。
思い出がカメラのフィルム状になって出て来たかと思うと、桃色の光の中に溶け込んでゆく。歯車が1つ取れたように、ガシャンと音をたてたとき、羽をあおぐ音が同時にして強風が吹き荒れる中、一帯を包んでいた光は消えてゆく。
目を閉じているフランツは一見何の変化も無いように見えるけど。それでもメリルの魔法はちゃんと発動した。
(記憶の整理時間が要るとも言っていたから…当分は起きないわよね…)
後ろに佇む気配に気付いても、サリエルは振り返らなかった。
「…それが貴方の出した答えですか」
声の主、先程した羽音と強風をおこしたミゼル・ランフィードがサリエルの後ろでそう問いかけた。
「ー・王都へ帰られたのでは無かったのですか?」
ミゼルに背を向けたまま言葉を返した。
「さっき、お会いしたとき、どうにも引っかかって…。
野生の勘ってやつです」
「そうなのですね、助かりました。
お兄様は、今日は目を覚さないかもしれません。暖かい部屋に移動していただけませんか?」
サリエルの平静を装った返答に、ミゼルは悔し気にぎりっと唇を噛んだ。
「何でこういう選択になるのか、理由をお伺いしても?
あの時…孤島の泉で話していた相手は誰ですか」
「…。説明が難しい事なの」
「そんなに…ー・団長は、信用出来ませんでしたか?」
ミゼルの言葉に、サリエルは肩を揺らした。
「フランツお兄様を信用出来ないとかじゃ無くて、余計に…困惑させて迷惑をかけるだけなのよ」
「そう言えば、いつだったか団長が言っていましたね。
貴方は…本当に、他人に甘える事が下手になったと」
「…そんな事言われていたのね、ちょっと恥ずかしいわ」
場を和ませようと、微かに戯けた口調で言った事だと分かっていながらもミゼルにはそれが苛立たしかった。
「ええ、貴方は知らないでしょう。
団長の事を。何も。
…貴方の悪夢を消す為に、部隊結成当初から秘密裏にずっと調べ続けていたことも」
刹那ー…高原一帯に吹いた一陣の風
ミゼルから背を向けたままのサリエルの肩が震えだす。
「悪夢を…消す?」
「団長が殆ど公欠で学園に行かないのは、仕事以外に別の事も調べ続けて居たからです。
貴方を守る為に」
公欠の事は気付いていた。学園生活がスタートしてから幾ら何でもフランツはヒロインとの絡みが無さすぎた。
噂を聞かないどころか、2人が絡んでいるところを見た事がない。
それは、ゲームのストーリーの学園という舞台上に、フランツが殆ど居なかったからだ。
何故なのだろうと疑問には思ってたけど、それがまさか。〝サリエルを守る為〟だと言うの?
私が思っていた以上に、フランツはサリエルを…いや、私を大切に思っていたと言うこと?
それも、学園生活が始まるずっと前から。
それが本当ならストーリーはとっくに変わっていたんだ。
なのに私は、学園生活が始まってから、ただ自分の見るゲームのストーリーどおりに進むのが怖くて、そんなフランツすらも信用しきれていなかった。
フランツが仕事で家を開けて会わない間に、私への態度が変わってしまう気がして、怖くて聞けなかったし、夢の内容であるゲームの話を相談するなんて思いもしなかったけど。
調べていたのなら、私がいつか相談してくるのを待っていたと言うことだ。
孤島まで助けにきて貰うまで私に悪意を持ってるのではとすら考えてたのに。
そうでは無いと、分かった後もー…
「なんで…何故、私にそこまでしていたの?」
『フランツお兄様ではなく、フランツと呼んでごらん』
そう言った時のフランツの顔は真剣なのか、冗談なのか分からないけど、いつもと雰囲気が違っていた。
日が沈みはじめて、夕焼けになった空は俯いて涙を隠そうとするサリエルの顔をのぞき込むように、照らした。
ポタポタと地面に落ちる滴と、自分の震えを抑えるため拳を握る。
(私は、フランツお兄様を…フランツと言う人物を…、ちゃんと見れていなかったのね)
いつだって、穏やかに本物の笑顔を向けてくれていたのに。
「…ーミゼル様 」
「…なんですか?」
「教えていただき有難うございます。
でも、だからこそ。尚更にこれしか方法は無かったのだと、思っています」
「…どうして…」
ミゼルは、苛立たしさを隠しきれず、血が滴るまで拳を握りしめた。
「貴方が一言〝助けて〟と言ったなら、団長はいつだって…「だからこそなんです。」
「だからこそ…これで、良かったんです」
サリエルは自分だけはこの事を見失うことなく覚えていようと祈るように両手を握った。
留学して、フランツとも関わる機会は前にも増して、減るだろう。
万一再会したその時、どんな表情で私を見据えたとしても、今日までのフランツを、私は覚えている。
夕暮れ時の香りがただよう中、そよ風が撫でるたびに黄色のマリーゴールドが揺れていた。
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