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サリエルは心の整理が依然とつかないまま、瞬く間に舞踏会の日が訪れた。
ラドレス公爵邸の前に訪れた馬車を見て、使用人たちに呼ばれ、部屋を後にする。
階段から降りてくる私を見て、驚いた表情を浮かべ「やはり美しいな」と褒めてくれた。
王太子から差し伸べられた手に、手を添えて迎えにきた馬車へと乗こんで会場へと向かう。
「すまぬ。だがこれも、貴族の家に生まれた者の勤めと思ってくれ」
そう言ったアーサーに、サリエルはただ「わかっております」と返した。
本来このように謝られるような話ではなく、王太子の同伴など縋り付いてでもやりたい令嬢など数多いるというのに、世の中上手くいかないものなのだと小さく息を吐いた。
沈黙の漂った馬車内の空気を破ったのはサリエルだった。
「…ー殿下、僭越ながら…学園で初めて出会ったときの事を覚えていますか?」
「ぁあ、中々捕まらなかったからな。やっと交渉出来ると嬉々としたのを覚えている」
「その時、私に言った〝何でも望みを叶える〟との話は覚えていますか?」
「何か、望みでもできたと?」
「殿下と共に会場に入場する前に、ラウルと話をする時間を設けて欲しいのです。
婚約の白紙をしてからまだ…話を出来ていないのです」
アーサーは私がもうすぐ留学する事をもう知っている。王太子の婚約者にと王家から先日打診があったさいに、そう言って父から断られたとか。
ならばせめてと言う事で、今夜舞踏会で同伴する事になった。
それだけでも、政敵には効くそうだ。
だから、せめて私の小さな願いも聞いてくれと心の中で手を合わせる。
「…やめておけ。
見たところラドレス公はラウルとの婚約はもう終わったものとしている。無駄だ」
アーサーには、恋情で足掻こうとしているように写っているのだろう。余計に未練が残るからやめておけと暗に言っている。
「父が何と言っても、私の中ではまだ終わっていません。
ご心配なさらずとも、殿下との入場時には身嗜みも整え、気持ちも切り替えます」
「それでも勧めはせぬが」
「殿下、これは取り引きです。
私が今夜殿下に同伴する事で、殿下の利益は大きいのではないですか?
もしも、願いを聞いてくださらないなら…」
「ないなら?」
「この馬車から今すぐに出て行きます」
サリエルの言葉に、アーサーは目を細めて視線を交差させ、静寂の後に笑い声をあげた。
「ははは、他の令嬢が言ったならば強がりと無視するところだが、サリエル嬢ならやりそうだ」
「…」
「良いだろうー・ただし、必ず王の代行者であるわたしが祝辞を述べる前には戻ってくる事が条件になる。
守れるならば、そのように手配しよう」
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