第1章

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 ダイブはメールを読むなり「う~」とうなり始めた。高城幹(たかしろ かん)はどうせ居酒屋のウェイトレスのラクちゃんあたりからだろう、と高をくくった。近頃同じ商店街にできた居酒屋『変竹林』はダイブの好きなブルースやレゲエをかけるのでお気に入りだが、それ以上のお気に入りは看板娘というには若干とうの立っているラクちゃんだ。きっと何か余計なアプローチをして怒られたんだろうな、幹はそう思っていた。  サウンド・ラボは年中お客さんからの修理依頼品のギターやベースギターが運ばれて来る。最近じゃ電話で故障個所を説明して宅急便で送ってくるお客さんまでいるので商売繁盛でありがたい。ありがたいとは、つまりそれだけ忙しい、という事だ。秋口から冬にかけて学園祭や発表会が増えてくる。故障個所は出来るだけ早く直したいのが人情だから、幹は珍しく自分の父親にハッパをかけた。 「マスター」 ダイブはPCの前に張り付いたままだ。ダイブは漢字で書くと「大夫」と書くが誰も本当の読みである「ひろお」と読んでくれず、ダイブが通り名になっている。親子の職場である『サウンド・ラボ』ではダイブはマスターなので店主と師匠の両方の意味で息子の幹からマスターと呼ばれている。 「マスター! 修理品いっぱい来てるから、不具合の状態を見てください」 幹はまだ仕事の全部を自分でコントロールできない。幹もギターなら自分が演奏するから、多少の自信があった。だが楽器修理の師匠である父親のダイブは修理と演奏はまったく違う事だと言っているし、幹もその通りだと実感している。 まず修理依頼がある。その時にどんな故障なのかお客さんから聞いておく。その後、届けられた楽器はダイブが不具合を見る。最近では自分の見た後に幹にも見させてどこをどう直すのかプランをざっと立てさせる事もあるが、忙しいとダイブが不具合の確認をして後は幹でも直せる部分は幹がやり、難所に差し掛かるとダイブが担当するという流れになる。その方が効率が良いからだ。 「マスター!」 ダイブは幹の声に反応したかのようにメールソフトを閉じて、ゆっくりPCから離れた。そしてちょっとぼんやりした様子のまま言った。 「幹ちゃん、悪りい、オレ、いったん家に帰る」
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