猫に小判

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「先輩。さっきのチラシ、見て頂けましたか?」 「ん? あー、暇な時があったら行くわ」 「そうですか……。今ちょうど忙しいですよね」 「まぁ……うん。そういえば、ふと思ったんだけど、あんたはなんで美術部に入ったの? 男子じゃ珍しいと思うけど?」  話題に困った……という事もあるが、今まで聞くに聞けなかった疑問をあえて聞いたつもりだった。  しかし、瑞貴はなぜか少し寂し気な表情になった。 「……昔、ここに転校して来たばかりの頃。中庭で休み時間とか放課後……とにかく時間がある度にずっと絵を描いている人がいたんです。その人の描く絵は風景画だけでなく、幻想的な絵までジャンルを問わず描かれていて……俺、とても感動して……自分もこんな絵を描いてみたい! と思ってその人がいる部活に入ったんです」 「ふーん。それで、その人は今?」 「今は……絵から離れていますね。何かきっかけがあるといいのですが」  この時の私は、瑞貴が誰の事を言っているのか分からず、適当に相打ちをうった。でも、少し瑞貴の事が羨ましく思えた。  そうやって……素直に誰かを尊敬できるという事に――。 ◆  ◆  ◆ 「うっわ、すげぇ」  次の日も私は公園でスケッチをしていた。学校は昨日と今日と休みである。そして、今の声は偶然見えた私のスケッチを見た通行人の一言だ。  もう少し小さい声で呟けばいいのに……と思う所だが、今の私はとにかく気分が優れない。 「なんだろう……。私ってこんなに器の小さい人間だったかな」  後輩の活躍すら素直に受け入れらない……。だからと言って、なにくそ根性で立ち上がろうともしない。過去の実績にしがみつき、無理に後輩を下に見ようとしている……そんな自分がたまらなく嫌になった。
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