寝惚け

2/7
6人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ
 警察は五分と待たずにやってきた。  玄関のドアを開けると刑事と制服警官が立っていた。 「奥さんが誘拐されたとの通報でまいりましたが」  刑事はそう言うと、三和土(たたき)で靴を脱いで勝手に上がり込んできた。  警官も刑事のあとを追うように慌てて上がり込んできた。   二階に上がり、寝室の引戸を開けて刑事を招き入れた。自分が最後に妻の姿を見たところだ。  刑事は片眉を上げて、部屋の中をうかがっている。  布団の上の靴跡に気づいたのか、その上に手をかざして神妙な面持ちでいる。 「ご主人。ここのものを動かしたり、触ったりはしていないでしょうな」 「僕は、妻と一緒にここで寝ていたんですよ。動かしはしないが、触ってしまうのは仕方がないでしょう」    刑事は舌打ちをした。 「それがいちばん困るんですよね。不用意にあちらこちら触られると、犯人の手掛かりが吹っ飛んでしまう」  刑事は頭を掻きながら、すべての非がこちらにあるかのような困り顔を向けている。 「手掛かりならあるじゃないですか。誰かが土足で部屋に入り込み、妻を(さら)って行ったんですよ」 「ほう。ご主人はその姿を目撃されたのですかな」 「いえ。眠っていました」  刑事が自分に顔を向けた。目を細めていた。 「ご主人。あなたは、ご自身が寝ていた真横で奥さんが(さら)われたというのに、それには気が付かなかったと、おっしゃるのですな」 「そうです。目が覚めたら、いなかった」 「……おそらく、大変な騒ぎだったでしょうに。まったく気が付かなかったのですか」 「そうです」 「そんなことがありえますかね」  と、刑事は言った。    自分は心外な気持ちになった。 「実際そうだったんだから、しかたがないだろう」 「ご主人。ちょっと、失礼しますよ」  刑事は部屋の中を歩きまわり、そこらに置かれている物を手に取ったり、眺めたりしだした。  ひと通り終わると制服警官に近づき、耳元で何かを言った。  警官は(うなず)くと、そそくさと部屋から退出して行った。  刑事が「ご主人。御手洗いをお借りしてもよろしいですかな」と言った。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!