二段目:【スクール・ゲーム】 ─蓬来馨の章─

15/333
820人が本棚に入れています
本棚に追加
/640ページ
「ばーか、熱くなり過ぎなんだよ。」  薙を組み敷いたまま、一慶は言った。 「何度言ったら解るんだ、お前は?少しは冷静になれ。興奮すると、すぐ周りが見えなくなる。追い詰められた時こそ、形勢逆転のチャンスなんだ。いちいちムキになるから、勝機を逃すんだよ。」 「解ってるよ、そんな事──っ!」  苛立った答えが返って来る。 一慶は、大きな溜め息を一つ吐くと、彼女を膝元から解放した。タオルを掴んで、パサリと頭に掛けてやる。 「くっそ…踏み込みが甘かった…!」 悔しそうに肩を震わせながら、自らの力不足を悔いる薙。その横顔を見詰めながら、一慶は、もう一度嘆息した。 (気の強ぇ女──知ってたけど。)  一方的な立ち合いだった──だが。 何度か、ヒヤリとさせられる場面もあった。 特に前半部の強気な攻めは、一時的に、彼の動きを抑え、その場に足止めを喰らわす程だった。 正確な型取り。 抜群の反射神経。 スピードに乗った攻撃。 バネのある足腰と、タイミングを見計らう勘の良さは、紛れもなく天性のものだ。 多少のスタミナ不足は否めないが、この身軽さは強力な武器になる。  典型的なスピード・アタッカー。 敏捷性も、身体能力も申し分ない。 それにも況して驚かされるのは、負けず嫌いなこの性格だ。  男勝りで頑固で、真っ直ぐ── 諦めの悪さは、この場合、(むし)ろ『長所』と言うべきだろう。 何度か組んでみて、それが彼女の原動力である事が、良く解った。  伸之直伝の完璧な所作──しかし、それを使いこなす技量は、彼女自身の努力の賜物(たまもの)に他ならない。 今の薙に不足しているのは『経験』だ。 場数を踏み、戦闘経験を積む事で、彼女の弱点は、ほぼ補えるだろう。  (全く…なんて奴だ)  今は亡き前首座に、一慶は、そっと話し掛ける。 (伸さん。アンタの娘は末恐ろしいよ。一体どんな修練を積ませて来たんだ?) 体術師範の彼が舌を巻く程、薙の技量は、優れていたのである。
/640ページ

最初のコメントを投稿しよう!