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「ばーか、熱くなり過ぎなんだよ。」
薙を組み敷いたまま、一慶は言った。
「何度言ったら解るんだ、お前は?少しは冷静になれ。興奮すると、すぐ周りが見えなくなる。追い詰められた時こそ、形勢逆転のチャンスなんだ。いちいちムキになるから、勝機を逃すんだよ。」
「解ってるよ、そんな事──っ!」
苛立った答えが返って来る。
一慶は、大きな溜め息を一つ吐くと、彼女を膝元から解放した。タオルを掴んで、パサリと頭に掛けてやる。
「くっそ…踏み込みが甘かった…!」
悔しそうに肩を震わせながら、自らの力不足を悔いる薙。その横顔を見詰めながら、一慶は、もう一度嘆息した。
(気の強ぇ女──知ってたけど。)
一方的な立ち合いだった──だが。
何度か、ヒヤリとさせられる場面もあった。
特に前半部の強気な攻めは、一時的に、彼の動きを抑え、その場に足止めを喰らわす程だった。
正確な型取り。
抜群の反射神経。
スピードに乗った攻撃。
バネのある足腰と、タイミングを見計らう勘の良さは、紛れもなく天性のものだ。
多少のスタミナ不足は否めないが、この身軽さは強力な武器になる。
典型的なスピード・アタッカー。
敏捷性も、身体能力も申し分ない。
それにも況して驚かされるのは、負けず嫌いなこの性格だ。
男勝りで頑固で、真っ直ぐ──
諦めの悪さは、この場合、寧ろ『長所』と言うべきだろう。
何度か組んでみて、それが彼女の原動力である事が、良く解った。
伸之直伝の完璧な所作──しかし、それを使いこなす技量は、彼女自身の努力の賜物に他ならない。
今の薙に不足しているのは『経験』だ。
場数を踏み、戦闘経験を積む事で、彼女の弱点は、ほぼ補えるだろう。
(全く…なんて奴だ)
今は亡き前首座に、一慶は、そっと話し掛ける。
(伸さん。アンタの娘は末恐ろしいよ。一体どんな修練を積ませて来たんだ?)
体術師範の彼が舌を巻く程、薙の技量は、優れていたのである。
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