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そうして二人は、裏木戸を開けて、邸内に足を踏み入れた。其処は、《西の対屋》の裏側──丁度、《第二厨房》の勝手口に当たる場所である。
「こんな所に出るんだ…」
「知らなかっただろう?この裏木戸は、護法の連中も滅多に使わないからな。こっそり中に入るには、便利な場所だよ。」
いつもの口調で答える一慶に、薙は少し安堵しながら、尋ねた。
「でも…こんなに簡単に中に入れちゃって良いの?防犯対策、甘くない?」
すると一慶は、右親指で裏木戸の扉を指差した。
其処には、『封』と一文字書かれた白い《式札》が貼り付けられている。
「式神…?」
「そ。《六星行者》以外の者には、絶対に開けられないようになっている。これ程、強力な警備システムもないだろ?」
(成程…霊的セキュリティが敷かれているのか…)
妙に納得しながら、薙は肩越しに一慶を振り返った。視線の先には、いつもと変わらぬ彼が居る。
無遠慮に訊ねた言葉は、彼の切な気な表情諸とも、何処かに霧散してしまったようだ。
宙に浮いた疑問だけが、薙の胸をモヤモヤとさせる。
「一慶、あのさ…」
意を決して、もう一度同じ質問を投げ掛けたようとした──当に、その時である。
サクサクと白雪を踏む足音と共に、ほっそりした人影が、此方に向かって歩いて来るのが見えた。
よく目を凝らすと、その人が、白い肌に整った目鼻立ちの、極上の美女であると解る。
「あれ…沙耶さんじゃない?」
それは、遥の実母にして前・南天を勤めた美丈夫、鏑木沙耶であった。
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