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沙耶は、タブレット端末を胸に抱える様にして歩いていた。辺りを忙しく見回しながら、ブツブツと何事か呟いている。
背後で、一慶が『げ!』と呻いた。
「一慶、沙耶さんだよ!声掛けてみようか?…お~ぃ」
「馬鹿、よせ!!」
途端に、腕を強く引っ張られた。
建物の陰に身を潜める様にして、一慶が薙の体を引き寄せる。
彼女の鼻と口は、大きな手でガッチリ塞がれていた。これでは声を出すどころか、まともに呼吸すら出来ない。
苦しさのあまり、薙は一慶の腕をパタパタとタップした。
「ん~!ん~ん!!」
「あ…悪い。」
窒息寸前で解放されると、薙は、『ぷは』と大きく息を吐いた。思わず、涙目で抗議する。
「酷いよ、一慶!いきなり何なの!?」
「お前こそ、今の状況解ってる!?何の為に裏口に廻ったんだよ!」
「あ、そっか──」
声を潜めて、一慶は言う。
「…っとに。頼むよ、お前。そうでなくても、沙耶は、俺が今一番会いたくない人なんだからさ。」
「??なんで?」
「理由は直ぐに解る。とにかく、俺はこのまま正門に廻って屋敷を出る。暫く戻って来ないから、何か訊かれても適当に誤魔化せ。くれぐれも、俺と一緒に居たなんて言うなよ!?」
矢継ぎ早に巻くし立てると、一慶は身を翻して、その場を立ち去った。
一人残され、呆然と立ち尽くす薙。
其処へ、絶妙なタイミングで、沙耶が背後から声を掛けて来た。
「あら?其処に居るのは、薙ちゃん??」
「…沙耶さん、おはよう。」
「おはよう。一人で朝のお散歩?」
「うんまぁ、そんなとこ。」
「そ。ねぇ、いっちゃん見なかった?」
「一慶──?!」
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