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その頃──。中庭から数寄屋の裏手を廻り、早足に正門に向かう一慶を、不用意な大声で呼び止める者がいた。
「カズ!」
数寄屋の障子窓がスラリと開く。
中から大きく身を乗り出したのは──
「…祐介。」
「朝帰りとは良いご身分だね?」
「別に。」
幼馴染みの素っ気ない態度に、祐介の眼差しが剣呑な光を帯びる。
「誤魔化さなくていいよ。一晩中、薙と一緒だったんだろう?」
抑揚の無い声が、事実を言い当てて…。
一慶は観念した様に振り向いた。本音を隠すかの様に両手をポケットに突っ込み、淡々と反論する。
「変に勘繰るなよ。打ち上げを兼ねて、軽く呑んだだけだ。特に何かあった訳じゃない。」
「軽くね。さて、それはどうかな?」
どこまでも辛辣に言い放つ祐介。
一慶は、珍しく苛立ちを滲ませて言う。
「何が言いたいんだよ、お前は?」
「別に。」
両者の間に、冷たい火花が散った。
束の間の沈黙…そして。
祐介が、徐ろに口を開く。
「可愛いくなっただろう、彼女?見掛けは変わらないが、仕草や表情は、以前より断然、女らしくなった。カズは、そう思わなかった?」
途端に、一慶の秀眉がキツく歪んだ。
「お前、アイツに全部話したそうだな?」
「あぁ。皆もう知っているよ。孝之さんが公表したらしい。」
「誰の所為で、そうなったと思っている?」
「いつかは知れる事だよ。隠しておく方が不自然だったんだ。それより…あの子、何か言っていなかった?」
挑発的に双眸を眇めて、祐介は言う。
薄く笑う美貌が曰く有り気に歪むのを見て、一慶は何かを察した様に訊ねた。
「…お前、アイツ何をした?」
「別に何も?強いて云うなら、僕はスイッチを入れてあげただけだよ。回路が接続されれば、あの子はもっと素敵になるって、ずっと思っていたからね。ああいう無彩色の子を、自分の色に染めていく作業は愉しい。ちょっと癖になりそうだな。」
「ユウ…」
対峙する二人の青年を、緊縛の帳が隔てる。絡み合う視線が、互いの存在を激しく牽制し合った。
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