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二、消火器点検詐欺事件
11月初旬。法務部に配属されて一年半が経とうとしていた。角田先輩の指導よろしく、ようやく僕の主業務である官公庁に提出する書類の作成も要領を得てきた。あの神経質な石田課長に「人事は何で君を法務部によこしたのか分からん」などとねちねち嫌味を言われるようなミスもしなくなったし。
この間も、取引基本契約書の件で、当社の顧問弁護士から、しっかりとした内容になっていると言われ、ご機嫌な気持ちになった。
また、法律の勉強も怠りなく、今年の10月、宅地建物取引主任者(略して宅建)の試験にもチャレンジした。合格発表は12月だが、まず受かっていると思う。来年は、海事代理士という資格にもチャレンジしようと思っている。余談だがこの資格は、法律資格の中では、かなりマイナーな資格で、海の司法書士、行政書士とも言われている。仕事の内容は、船舶の登録、登記、検査申請、船員労務等における行政機関への申請、届出といった手続きの代行をするいわば海に関わる法律のスペシャリストである。この資格を知ったきっかけは、我が社が所有することになった大型クルーザーの運輸局等役所への諸手続きにあたり外部の海事代理士と一緒に仕事をしたことにある。一級小型船舶操縦士の免許を取得している僕としては、大変興味のある仕事であった。また、他の部員はこの資格を誰も持っていないし、存在すら知らないという自己満足極まりないささやかな優越感に浸れるという思いもある。会社を定年退職した後、小遣い稼ぎ程度に仕事ができればいいなあーと思ってみたりもしている。
そんなことで、12月は賞与も出るし、宅建の合格とダブルハッピーになりそうだと、平穏な日々が続いていたこともあって、僕の前途は洋々だと浮かれ気味であった、そんなある日、我が社をとんでもない事件が襲った。
午前8時30分出勤間もないころ(製造業の朝は早いのだ)事務本館一階受付に作業服を着た業者、女性(オバハン)一名、男性五名が現れた。
「毎度お世話になっております。オタカ産業です。御社の総務部から依頼がありまして
消火器の点検に参りました」とそのメンバーの中の人のよさそうな顔をした小男で白髪交じりの中年男性が礼儀正しく丁寧な口調で挨拶をした。
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