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三、詐欺集団との対決
僕が、総務部の応接室に姿を現すと高田課長は、「きっ、君一人だけか?石田課長とか他の者はどうした?」と、細い目をめいっぱい見開きながら不安げな様子で聞いた。
「はあ、あいにくみんな出払っておりまして、お昼を過ぎないと帰ってこないもので」
石川部長も高田課長も落胆の色を隠せない様子だった。
(まあ、無理もないか、入社して2年目の僕じゃ頼りないと思われても)
そんな二人を尻目に席に着こうとすると、
補助椅子に座って泣いている女性社員が僕の目に留まった。
「とにかく事情を説明してください」
僕は、体の震えを抑えるようにギュッと唇を噛み締めると、ノートとシャープペンシルを用意し、六法全書を机の上にわざとらしく置いた。
そして約10分間、高田課長が僕に事の経緯を説明してくれた。チラッと前を見ると僕の方に業者六人の鋭い視線が向けられていた。まるで草食動物を狙うライオンのように。
つぎに僕は、さっきの泣いている女性社員の方に目をやった。
(この子が、インチキ契約書にサインをさせられた市川祥子ということか)
涙の理由が分かった僕は、こんな可愛い子を騙すなんて許せない連中だと正義感(?)から底知れぬ怒りを覚えずにはいられなかった。
「当社法務部の今井と言います。その契約書を見せて下さい」
業者から渡された契約書を読んだ僕は、正直どうしていいのか分からなかった。
と、言うのもこの契約書自体の内容は完璧だったからである。しかも市川祥子もサインをしたことを認めている。
消火器の点検業者を装って市川祥子を騙し契約書にサインをさせたのであろうが、そのことを石川部長が連中に主張しても「そんな証拠が何処にある!あるならここにだせ!」の一点張りで埒があかないそうだ。また契約書の内容を確認せずにサインをしてしまったことも事実で、ここにも問題があるように思う。しかもこの連中は契約書通りご丁寧に作業を行っている。すなわち完全犯罪に近い状態で詐欺にかかってしまったのである。おそらく警察を呼んでも、刑法第246条の詐欺罪を立証するのは難しいだろう。それに警察は民事不介入だと言って関わろうとしないに決まっている。
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