ノアのこと

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 母はどういう方法でか、住所不定のノアの連絡先をつきとめて祖母の訃報(ふほう)を知らせた。  けれども、父は息子が葬儀に参列するのを許さなかった。翌年の一周忌にもノアの姿はなかった。  ところが、その次の年、今度は父が脳卒中で倒れて帰らぬ人となった。もともと高血圧で、医者に厳重注意を受けていたのだけれど、口さがない人たちは、ノアの件で心労が重なったせいだ、などとうわさを流した。  母は今度もノアに連絡を取った。おそらくノアは帰郷を(しぶ)ったと思うし、父方の親族の中にも故人の遺志が云々(うんぬん)と騒いだ人がいたはずだけれど、母はそのどちらも辛抱(しんぼう)強く説得して、父の葬儀にノアを参列させた。  それからさらに一年後。父の一周忌と祖母の三回忌を兼ねた法事の席で、母はノアに勘当を解くから戻ってほしい、と持ちかけた。決別から四年目のことだった。  祭壇に飾られた父と祖母の遺影をじっと見つめていたノアが、少し赤くなった目で母を振り返り、深々と頭を下げたのを見て、あたしは母親って魔法が使えるんだな、と思った。  ノアの“事件”をきっかけに、うちは前原の本家を辞めた。それに(ともな)って、家やら土地やら墓やら、その他の由緒正しきナニやらも、まとめて分家(ぶんけ)の叔父一家に譲った。  本家を続けても、当主となるノアは結婚も子供も望めないのだから、いずれは御家(おいえ)断絶(だんぜつ)余儀(よぎ)なくされる。そんな親族間の協議の結果をふまえてのことだったらしい。 (……なにが御家断絶だよ。江戸時代かっての)  ノアと母が住む今の家は、前原家の数ある財産の中から親族に“おすそわけ”をしてもらったものだ。
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