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あたしの家族は八年前の冬の日に壊れた。父は最期までノアを許さなかった。子供時代をすごした家には叔父一家が住んでいる。大好きだった祖母もいない。
決してノアを恨んでいるわけじゃない。ただ、彼も含めた自分の周囲が一度に変わってしまったせいで、置いてけぼりをくらったように変化についていけない自分がいた。
どうなっていれば一番良かったのだろう? あたしには何ができたんだろう? この八年間を思い返すたびにいつも悩む。
ノアのカミングアウト以降、あたしが実家に帰るのは法事のときだけになった。仕事や旅行を半分言いわけのように使って、盆も正月ものらりくらりとかわしている。
二年前に父の三回忌が終わったときには、これでしばらく帰らないで良いだろうと思った。
そこへ今回の母入院の知らせだ。
ノアからの電話を受けて、父のときを思い出して肝が冷えた。もしも会えないまま逝かれるようなことになっていたら、今までの八年間にまた後悔が上乗せされるところだった。
(お母さんだっていつまでも若くないもんな……)
うら寂しい休耕地を走る車に揺られながら、あたしなりに深刻な物思いにふけっていたのだけれど、面会時間ぎりぎりにすべり込んだ病院では、パジャマ姿の魔女……もとい母が、ひどくのんびりと「花音もそろそろ帰ってくればいいのに」などと宣った。
「素敵なワンピースねえ。そういう格好をしてると、本当に前原のお嬢さんだわー。実はあなたにいくつかお見合いの話がきてて……」
一件、ただのおしゃべり好きなおばさんだけれど、敵はあのノアを絡め取った手練れだ。魔法をかけられないうちに急いで退散した。
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