1/4
26人が本棚に入れています
本棚に追加
/13ページ

 前原(まえばら)ノア。年齢(とし)はふたつ下の二十六歳。ノアなんていう名前のくせに、乗ってる車はトヨタじゃなくてマツダだ。  母好みのワンピースに着替えたあたしは、ノアが運転するアクセラスポーツの助手席で腕時計を確認した。病院の面会時間は夕方四時までらしく、あと三十分しかない。  後悔していた。こんなことなら、母の不興を買ってでもライダースファッションのまま病院に乗り込めば良かった。そうすれば、あたしは帰宅早々、気まずい思いをしなくてすんだだろうし、ノアだって姉の運転手を務める代わりに恋人との逢瀬(おうせ)を楽しんだだろう。 「あの子は送っていかなくて良かったの?」  休耕地がひたすらに続く車窓から視線を上げて、運転席の弟にたずねる。  あの子、と言ったのは、弟のあとから脱衣所を出てきた相手(弟と違ってちゃんと服は着ていた)が、どう見てもノアより年下だったからだ。  上背はノアと同じくらいあったけれど、全体的にひょろりとして、まだ大人の身体になりきっていない。たぶん、十代の後半くらいだろう。  向こうは、あたしに対する警戒心を隠そうとしなかった。それでも彼のほうから「こんにちは」と挨拶をしてきたことに感心させられる。  やるな若者。それはまあ良いのだけど、未成年かあ……。 「セイはいいんだよ、このあとバイトだから。うちからすぐのとこ。自転車が置いてあったろ?」  ノアが答える。あの、乗るのに体力が要りそうなママチャリは彼のものだったらしい。 「ふうん、セイっていうんだ? 苗字? 名前?」 「どっちでもない」とノアは答える。 「強いて言えば呼び名かな。ああいうことをするときの」  変なルールだ、と思ったけれど、突っ込んで聞くことはしなかった。ゲイの文化には詳しくない。でも、ゲイの男性が本名を伏せて相手とコミュニケーションを取ることがあっても不思議ではない気はする。  ノアが例外なだけで、同性愛を周囲に知られたくない人間も多いはずだ。そう考えれば、セイの警戒心も“むべなるかな”である。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!