第一章、クーリングオフ

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第一章、クーリングオフ

 今井孝則、28歳、まだ独身。法務部に配属されて4年の歳月が経った。 入社当初、上司の石田次長(今年4月の人事異動で晴れて次長に昇進し、法務課長兼任となった)との約束であった資格取得も宅地建物取引主任者(現 宅地建物取引士)と、変わったところで、これまた国家資格である海事代理士試験にも無事合格した。この海事代理士資格は、僕の自己満足極まりない趣味として取得し、石田次長も呆れ返っていたのだが、我が社でも昨年の夏からマリン事業として、プレジャーボートなどの販売を始めた関係で、諸々の申請手続きを僕が一手に担うこととなった。僕の先見の明ではなく、偶々にせよこの資格を仕事で役立てることができてラッキーだった。 ところで法務部に4年も在籍していると、僕の様な者でも社員から困りごと相談を受けるようになる。まあ、大体は、弁護士に頼むまでも無い些細な日常の法律相談である。本来、法務部は、社員の困りごと相談を受付ける部署ではないのだが、法律関係を扱っている部署と言うことで、結構、個人的に頼りにされる。僕も人から頼りにされると、こんな自分でも少しは世の中の役に立てるのだ、と言う充実感に浸れるもので悪くはない。 一昨日も一人暮らしをしている若い女性社員から、アパートに強面のオッサンが来て、新聞の購読契約を押し付けられたのだが、何とか解約できないか、という相談をされた。 「どうして、購読契約書にサインをしたのですか?」  僕は女性社員にそう尋ねた。 「怖い顔をした中年男性がいきなり来て、新聞の購読契約をしてくれ、してくれるまで帰らない、と言い、居座られそうな雰囲気だったので・・・。他の新聞を取っているからお帰り下さい、と言ったのですが、それでも契約してくれの一点張りで・・・。怖くなって、つい・・・」  よほど怖かったのであろう。女性社員は恐怖の時間を思い出し、泣き出しそうな顔をした。 「脅迫まがいの勧誘ですね。もう一度確認しますが、その新聞を購読する意思は全くないのですね?」  僕の念押しに、女性社員は大きく頷いた。
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