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現実ってのは本当にわからないもんだ。ソレは一瞬、俺の雑念が生んだ幻影のようにも見えたが、いや、確かにソレは存在した。ソレは女子高生の姿をしていた。噂通りのセーラー服にスカート。黒いつややかな長髪が風になびく。両手を静かに広げバランスをとるようにしてソレは橋の手摺りの上を静かに歩いていた。ここからでは背中しか見えないがその様は一枚の絵画のように幻想的で、この世の物とは思えないほどに神秘的で、近づくことすら憚われた。動けない、何もできない、もしかしたら呼吸することすら、忘れてしまっていたのかもしれない。それほどまでに俺は、完全にソレに見入っていた。ソレの挙動のどれをとっても俺を惹き付けた。もしかしたらソレはここに住み着いたものではなく俺の心にとりついた幽霊なのかもしれないようにも思えた。
時間の流れを緩慢に感じる。ソレはゆっくりと河に向き直った。ソレを照らす街灯は逆光で表情一つ判断することができない。ただわかることは、ソレの真下には大きな大きな闇が口を開いていることだけ。永遠にも感じられる刻の歩み。長い、とても長い逡巡のあとソレはひと思いに宙へ身を投げ出した。風に揺られる華奢なシルエット。そして一瞬だけ垣間見えた・・・瞳。
「ふざけんな!」
俺の体は無意識に駆け寄って、空中で彼女の腕を捉えた。身を乗り出した体が軋む。運動不足気味の細腕が今にも持って行かれそうだ。だが、それでも俺は無我夢中で引っ張り上げる。全身に痛みが走っているはずなのだが、アドレナリンのおかげか今だけは何も感じない。
グッと力強く踏み締めるローファー。足から腰に、腰から肩に、力がしっかりと伝わっていく。ガッチリと握りこんだ両手は彼女の腕を掴んで離さなかった。それはのサッカー部時代の努力の賜物か、それとも俺自身ですら理解できてない激情によるものかわからない。
「俺の前で死ぬんじゃねえ!命くらい大切にしろ、このばか野郎!」
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