雨上がりに霞む記憶

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雨上がりに霞む記憶

五歳だか、六歳だった頃の記憶を、大人になった今でもなんとなく覚えている。  あれは、少し涼しい夏の日の午後だった。  これまでずっと私に対して無関心のように見えた母が、珍しく私の手を引き、雨上がりの海沿いの町を歩いてくれたのだ。  この時の記憶を、毎年夏が来る度に思い出してしまう。  私の父親は、酒を飲むとよく暴言を吐き、時折私や母に手を上げた。「馬鹿野郎」だの「出来損ない」だのと私や母のことを悪く言い、蔑ろにするくせにやけに執着心が強く、母が憔悴するのは時間の問題だった。父親は酒のせい(もしくは本人のせい)で年々ダメになり、今となってはどこで何をしているのかすらわからない。そして母親は私に対する興味を……いや、家庭に対する興味を一切失い、最終的に私をそこそこ裕福な親戚の家に預けたきり、戻っては来なかった。 「真、久しぶりにお出掛けしよっか」  母がいなくなる前日、私は突如そんなことを言われた。正直、とても嬉しかった。母が昔住んでいたという港町を目的もなくぶらついたというだけで、なにも特別なことをしたわけではなかったが、私はあの日の思い出をきっと死ぬまで忘れないのだろう。  十数年経った今でも、私はそんなちっぽけな思い出から脱け出せずにいたのだ。
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