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 慰労会での事件は新聞やテレビでも取り上げられて,田舎町では結構な騒ぎになった。  そして事件が起こってからしばらくの間は,会社の業務に支障が出るほど取引先からも今回の事件について問い合わせがあった。事件から一ヵ月ほどで警察での全社員の聴取も終わり,疑わしい社員がいないことが伝えられた。  謙一は独りでいると気が狂いそうになるので会社に出ていたが,少しでも事件について興味半分で話している者がいると,怒り狂い,だれかれ構わず怒りをぶつけた。そんな謙一を嘲笑(あざわら)うかのように,山上が「できの悪い遺伝子が残らなかったのはよかったことだろ……」と謙一に聞こえるように(つぶや)いた。  その瞬間,怒りで我を忘れた謙一の目の前で,堀田が山上を力任せに殴りとばした。殴られた衝撃で山上が近くの壁まで飛ばされ,勢いがついたままファイルが収納された棚のガラスを割った。周りにいた社員の誰もが堀田の行動に驚いたが,山上を助けようとする者はいなかった。  山上は何が起こったのかわからず呆然としていたが,すぐに我に返って「病院に行って診断書をもらってくる! お前を暴行で訴える!」と言って飛び出して行った。  謙一は驚いて動けなかったが,黙って堀田を目で追っていた。そしてどうしたらよいのかわからず立ちすくんだまま,静まり返った社内で堀田の様子を見ていた。  堀田も我に返って自分の席につくと,山上を殴って出血している拳を見ながらしばらく黙って何かを考えている様子だった。そして落ち着きを取り戻すと,家族や友人に会社を辞めなくてはならないこと,もしかしたら逮捕されることを電話で伝えた。  謙一は堀田が電話を掛け終わるのを待って,社員の前で泣きながらお礼と謝罪をした。
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