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 看護師のなかには,結衣の面倒を診ることを拒否する者まで出てきた。自身に子供がいて結衣の状況を自分に置き換えて考えてしまい,うつ症状を訴える看護師もいた。  病院の個室では結衣が子供たちの名前を呼びながら泣き叫ぶ日が続いたが,その叫び声を聞くたびに病院職員の胸が痛んだ。  やがて謙一も結衣の変り果てた姿を見ることを拒むようになった。もはや目の前で子供のようにはしゃぐ姿も,泣き叫びながら子供たちを探しまわる姿も謙一にとっては苦痛でしかなかった。  ある日,朝の健診で結衣の部屋を訪れた看護師が,部屋一面の壁に隙間が見えないほど「一真」と「翔真」の名前がビッシリと書き込まれているのを見て腰を抜かして座り込んでしまった。  どうやって手に入れたのかわからない赤と黒のペンで,真っ白な壁に赤いペンのインクがなくなるまで名前を書き続け,その上から黒いペンで何度も何度も名前を書き込んでいた。  結衣は,泣きながら一晩中子供たちの名前を壁に書き続けた。心のどこかで二人が既にこの世にいないことを感じ取っていたのかもしれないが,なにを話しかけても反応がなく真っ赤に腫らした虚ろな目で子供たちの名前をボソボソとつぶやき続けた。
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