3/10
117人が本棚に入れています
本棚に追加
/48ページ
 すぐに精神科病棟へ移されたが,結衣の行動はエスカレートしていく一方だった。謙一もあまり来なくなり,看護師たちも結衣とかかわることを怖がった。  夜になると,泣き叫びながら「一真」と「翔真」の名前を呼び続ける日が続いた。結衣が自らを傷付けないように拘束具を使おうとしたこともあったが,いつも結衣の身体は脱力していて他人にも自分自身にも傷付けるようなことをすることはなかった。なにより拘束されると,レイプされていたことを思い出すのか,誰も手が付けられなくなるほど泣き喚いた。  そして身体に力を入れたくても入れられないのか,夜中に子供たちの名前を叫びながら不自然な体勢のまま床に倒れて朝まで泣いていることも多かった。  謙一はそんな結衣の姿を見ることに耐えられず,病院に来ても医師や看護師に様子を聞いて帰っていくことが増えた。  ある日,結衣が部屋の真ん中で立って誰かと話しているところを看護師が目撃した。看護師は黙って結衣の様子を覗っていたが,結衣は落ち着いた口調で誰かと話しているように独り言を続けた。  ドアを軽くノックして部屋に入っていくと,結衣は気が付かない様子で話し続けていた。 「あら,今日は調子よさそうね。誰となにを話してるのかしら?」  結衣は看護師を無視して話続けた。看護師は緊張しながらも結衣を刺激しないように優しい口調で話しかけた。 「誰と話してるのかな? ちょっと体温を測りたいんで協力してもらえるかしら?」  結衣は静かに看護師を向いて,ゆっくりと話始めた。 「さっきまでここに山上さんがいたの。なんだかすごく申し訳ないって謝ってきたの。山上さん……会社の倉庫にいるんだって。倉庫の奥に閉じ込められてるって。それから,すごく謝ってきたんだけど,なにを謝ってるのかよくわからないの……」 「あら……そうなの……。じゃあ,今度山上さんが来たら,もう一度聞いてみたら?」 「そうね……そうする……」  そう言うと結衣はベッドに横たわり寝てしまった。
/48ページ

最初のコメントを投稿しよう!