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 医師は結衣の症状を統合失調症と診断し,手術に影響がないと思われる七種類もの薬を投与した。そのなかには二種類の注射薬も含まれ,注射を嫌う結衣にとって毎日のように注射をする医師は自分を傷付ける悪意に満ちた存在だと認識されていった。  薬物療法が始まって以来,結衣は病室に医師が顔を出すたびに悲鳴をあげ,布団の中に隠れるようになった。そのため臨床心理士も結衣の治療に参加することになったのだが,すでに結衣にとって白衣を着ている人間は皆敵だった。  ある日,結衣が病室で「大量の蟲が肌に潜り込んで神経をボロボロにする」と泣いているのを看護師が見つけ,すぐに医師によって薬を投与された。結衣は蟲が皮膚の下に潜り込んでくる幻覚を度々見るようになり,酷い時は「内臓を喰い散らかされている」と泣き叫んでお腹を押さえて床でのたうち回った。  栗林も症状が悪化していく一方の結衣と定期的に会って話をするのだが,薬がまったく効かない結衣に対して本当に統合失調症なのか疑っていた。  それは薬を呑んでいようがいまいが,結衣がごく普通のことを当たり前に行えるのを何度も見ていたからだった。ただしその時間は短く,栗林の視線に気が付くと黙り込むことが度々みられた。
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