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 そんなある日,夕方に結衣の病室を訪ねると部屋の中で誰かと話している声が聞こえた。軽くノックして少しだけドアを開けたが薄暗い部屋の中で結衣は栗林がいることに気付いておらず,ベッドに座って誰かと話し合っていた。その声は穏やかで優しさに満ち溢れていて誰と話しているのかは見えなかったが,まるで公園かどこかで楽しそうにしているように感じた。 『随分と暗い部屋で……誰と話してるのかしら……? 医者……? それとも看護師……?』  そっと病室のドアを開けると,そこはカーテンがしっかり閉められた薄暗い部屋で,今まで楽しそうに会話をしていたはずの結衣が静かにベッドに横になっていた。 「え……? なんで……?」  音をたてないようにそっと病室に入り,結衣の顔を覗き込んだ。静かに寝息をたてている結衣の顔を見ながら,さっきの会話は誰がしていたのか不思議に思い部屋の中を見回したが,誰もおらずいつもと変わらない殺風景な部屋だった。 「なに……? さっきの会話は誰がしてたの……?」  キョロキョロとしていると,カーテンが微かに動いた。 「………………」  栗林のなかで警告音が鳴り響き,部屋の中に誰かがいるのではないかと緊張した。そしてカーテンの動きに注意を払いながら,静かに部屋全体を警戒するようにゆっくりと窓のほうへと近づいて行った。 「………………」  カーテンをそっとめくると,窓がほんの少しだけ開いていた。 「ここから隣室の声が聞こえてきたってこと……? そんなことってあるのかしら……」  眼を閉じ耳を澄ませ,外の音がどれくらい聞こえるのかカーテンの脇に立って試してみた。微かに車の音や風の音,そして子供たちの笑い声が聞こえたが,病室で会話をしているようなレベルの音はまったく聞こえなかった。
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