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スーパーで文句婆を見てから一カ月ほど経ったある日,仕事帰りにコンビニで買い物をしていると,近所を歩いている彼女と遭遇した。文句婆は人通りのまばらな薄暗い通りを怒鳴り散らしながら歩いていたが,なにも知らない歩行者が怖がって道をあけていた。
俺は彼女に会うのは二度目だったが,怯える人達に対して心の中で『怯えなくても大丈夫。その人の怒鳴りは独り言だから』と,まるで呑み屋の常連のような気持ちでつぶやいた。
同じ方向に歩いていたので,彼女が近所に住んでいるのか興味が湧き,どこまで一緒の道なのか,わざとゆっくり歩いて文句婆に気付かれないように距離をとって後ろを歩いた。
しかし彼女が思った以上に途中で立ち止まって看板や電柱に向かって文句を言うので,すぐに追いついてしまった。横目で文句婆を見ながら追い越そうとすると,街灯の灯りで照らされた文句婆の横顔がしっかりと見えた。
『へぇ~思ったより美形だな……若い頃はすごく綺麗だったって言われるタイプだな……』
近くで見ると齢の割に皺がなく肌も綺麗で,なにより吸い込まれるような薄い色の瞳が特徴的だった。
『ちょっと細いけど,まぁ,モデル体型って言われる感じかな……』
文句婆を追い越すと,次の信号があるところまで普段通りのスピードで歩いた。五分も歩くと信号があり,わざと赤信号の方に身体を向けて文句婆が追いつくのを待った。
しかし,いくら待ってもなかなかやって来ず,ずっと信号で立ち止まっていることに不自然さを感じた。
『なかなか来ないな……。しょうがない……諦めるか……』
赤信号を見ながら,見ず知らずの女性を待っている自分がおかしかった。学生の頃に好意がある女の子と会いたくて無意味に学校の廊下をウロウロしたことがあったが,それとは違う不思議な緊張感のある見ず知らずの女性を待っている自分が少しだけ気持ち悪かった。
『それにしても……なんかの病気なのかな? 精神的なものなのかな……?』
俺は文句婆を待つのを諦め,どうでもいいことを考えながらそのままアパートに帰った。
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