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「ねぇ……あなた……子供達はどこに隠れてるのかしらね……? さっきまで,そこにいたはずなのに……晩御飯までには帰ってくるかしら……? 遅くなると心配だわ……」
謙一は結衣の言葉を聴きながら,部屋の片隅に手を伸ばした。
「あそこ……あそこに……子供達がいるよ。僕達の大切な子供達……僕達の宝物……」
結衣は嬉しそうに部屋の隅を見てから,部屋の中をキョロキョロと見回した。
「あら……お家の中にいるのね……。かくれんぼでもしてるのかしら……?」
謙一は両腕をできるだけ伸ばして,まるで子供達を抱き締めようとしているようだった。しかし,肩の激痛が謙一の腕を引っ込めさせ,そのまま痛みに耐えるかのようにうずくまって床を涙で濡らした。
「あら……あなた。大丈夫……?」
震える謙一の背中を見ながら結衣が心配そうにしていたが,結衣の眼には元気な謙一と父親に甘えて飛びついている双子の姿しか見えなかった。
「ほら……お父さんが痛がってるでしょ……あんたたち大人しくしなさい……」
謙一は床にうずくまったまま,痛みが消えるのを耐えていた。何度となく押し寄せる痛みに少しでも慣れれば楽になれると思っていたが,何度味わっても悲鳴を上げそうなほどの痛みに歯を食いしばって耐えるしかできなかった。
結衣が嬉しそうに父親に甘える子供達の姿を見ていると,謙一は意識を失い,そのままの体勢で静かに息を引き取った。
「もう……お父さんをそっとしておいてあげなさい。あんたたち,いい加減にしなさい!」
謙一の身体はもはや結衣には見えておらず,その日から床でうずくまる謙一を完全に無視するかのような生活が続いた。
「あら……お父さん……一真と翔真を見なかった?」
「ねぇ……今度のお休みの日はいつなの? たまにはみんなで遊園地に行きたいわ……」
「一真! 翔真! あんたたち早くご飯食べなさい!」
結衣の世界では,いままで通り家族と一緒に幸せに生活し,目の前で腐ってゆく謙一はもはやそこには存在していなかった。
そして謙一の遺体が発見されるまで三ヵ月近くかかり,見つかったときには完全にミイラ化していた。
警察が謙一の遺体を見つけたときは,結衣もまるでミイラのように痩せ細り,満足な食事はしておらず,部屋の中に大量の排泄物が溜まっていた。
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