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次の日,職場で同僚に文句婆のことを聞いてみたところ,思っていた以上に有名人で社員のほとんどが文句婆のことを知っていることがわかった。ただ,どれも曖昧な話ばかりで文句婆がいつからいるのか,なんの病気なのか,人に危害を加えるようなことはないのかなど,詳しいことは誰もわかっていなかった。
共通して皆が言うのは『昔は普通だったらしい。頭がおかしくなったが悪い人じゃない』ということだった。そして,文句婆のことをよく知らない人がすぐに『あれは麻薬中毒者だ!』だの『危険だから警察に通報しろ!』だのと大事にしたがると,文句婆を知っている年輩の社員たちがウンザリしていた。
一日の業務が終わろうとしていたときに,普段あまり接点のない堀田常務から「今夜,ちょっとメシにでも行こう」と声が掛かった。アパートに帰っても誰かが待ってるわけでもなく,断る理由もなかったので,日報を共有ファイルにUPしてから常務と二人で会社を出た。
常務はあと五年もすれば定年退職になる,のんびりした人のよさそうな小柄な中年といった感じだった。常務の誠実さと人望の厚さは取引先でも有名で,困ったことがあったら最後は常務のところにいくというのが社員をはじめ取引先の人たちの認識だった。
そんな常務に声を掛けられたというのは,きっと短期間ではあるが余所の土地にきて困ったことがないか気配りをしてくれて誘ってくれたんだろうと勝手に思い,こんな上司がいる社員は仕事もやりやすそうだと思いながら,常務の斜め後ろをついて歩いた。
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