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会社から少し離れたところに,こんな高級感のある日本料理店があるのかと驚かされた。ちょっとした庭の見える通路を通り,いくつかある部屋のドアを見ながら奥へと進んだ。会社のお偉いさんたちは常連のようで,常務が事前に予約を入れておいてくれたおかげで奥の個室に案内された。
席に着くと温かいおしぼりを出されたが,常務は軽く指先を拭く程度ですぐに瓶ビールと小さなグラスを注文した。畳の匂いが心地よく,磨き込まれた柱がやけに光って見えた。
「さて……君が本社からこっちに来てそろそろ一ヵ月だっけ……? この辺りの生活にも慣れたかな?」
「あ……はい。まだ会社とアパートの往復しかしてませんが……職場の方々とは仲良くやっています」
「そうか……。君の場合は半年間という短期の滞在だが,この町を第二の故郷くらいに思ってもらえると嬉しいんだけどね」
「そうですね。とてもよいところだと思います」
キンキンに冷えた瓶ビールと,お通しが運ばれてきた。ビール瓶についた水滴を仲居さんが丁寧に拭き取ると,栓抜きと一緒にそっとテーブルの上に置かれた。
『あれ? ビールの栓は抜いてくれないんだ……?』
テーブルの上のビール瓶を不思議な気持ちで見ながら,焦らされている気分になった。そんな俺の様子を知っているのか,常務は今日の料理の説明書きを見ていた。
「君は,苦手な食べ物はあるかね?」
「いえ,なんでも大丈夫です!」
「そうか。好き嫌いがないのはいいね……。このお店はね,鮎料理で有名なんだよ」
「鮎っすか……。甘露煮と塩焼きくらいしか思いつかないっすね」
「この時期にしか食べられないからね。やっぱり旬のものを食べないと」
「やっぱり鮎にも旬があるんですね!」
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