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 見慣れない豪勢な料理を口に運びながら,常務が静かに話始めた。 「さて……。今日,君を誘ったのは,君が社内で文句婆…………いや,彼女のことを聞いていたって耳にしてね……」 「え……?」 「まぁ……そんな,大した話じゃないんだけどね……」 「はぁ……」  常務は料理を口にしてから,真っ白い陶器の徳利に入った日本酒をゆっくりとお猪口に注ぐと喉を鳴らすようにして一気に呑み干した。常務が美味そうに呑んでいる姿はどこか優雅で,見ていて冷酒が喉元を通る音がテーブル越にも聞こえてくるような気がした。 『俺はこんな呑み方したことないけど,作法として合ってるのかな……? 常務の呑み方,めちゃめちゃ美味そうに見えるけど……真似してもいいのかな……』  何も言えず黙って常務を見ていると,徳利を手にして俺の方へ口を向けた。 「ほら,君も呑みなさい。いける口なんだろ?」 「なんか,すみません……さっきから……気が利かなくて……」  言われるがままにお猪口を両手で持ち,常務に酒を注いでもらった。それを常務と同じようにクイッと呑んだが,すぐにむせ返ってしまった。常務は「無理しなくていいよ」と言って微笑んでいた。  美味い酒だというのは,唇に触れた瞬間にわかった。ただ,慣れない呑み方を試してみて,いきなり気管に入ってしまい,しばらくむせたが,むせたことよりも酒の呑み方を知らない若造だと思われたことが恥ずかしかった。  なんとか落ち着いて姿勢を正すように座りなおすと,目の前の常務の雰囲気が一変していた。常務と視線を合わせた一瞬,一気に背中に冷や汗が流れた。 「そう構えなくてもいい……。彼女はね……元々うちの社員だったんだよ」 「え……?」 「まぁ,入社当時から明るくて人気のある子でね。地元の高校を卒業してうちに入ってきたんだけど,社内恋愛で結婚して二人のお子さんに恵まれたんだ」 「はぁ……」 「それがねぇ……色々不幸が重なって……。いまじゃ,文句婆なんて呼ばれるようになっちゃって。本当に気の毒な話なんだよ……。君は本社の人間だから知ることはないだろうけど……。かつて,本社とうちはかなり関係が悪くなったことがあってね……」 「はぁ……」 「まぁ,随分と昔の話だよ……君がまだ子供のころの話だ……」  そう言うと,常務の表情が微かだが苦痛に歪んでいるように見えた。
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