「辞めれば良かったのに」

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「みんなが働きたくて働いてる訳じゃない。好きなことできてる訳でもない。親にはちゃんと就職するって約束した。いくつも面接を受けて、大学の教授や先輩にも迷惑かけた。辞めたところで、経験もないし、他に行く場所もないでしょ。稼がないと生きていけない。どこも怪我してないし、病気にもならない。いっそ病気でぶっ倒れれば良かったのに」  今までに聞いたことのない口調だった。 「本当は風呂場で手首なんか切らなくても良かった。まあ、彼氏が偶然見つけてくれなかったら、本当に死んだ可能性はあるよ。でも心の底から死にたかったなら、リスカじゃなくて線路にでも飛び出したかも。ううん、もういっそ職場のロッカールームで首を吊ったほうが良かったかもしれない。あいつらに見せつければよかった。人一人殺すのに直接的な暴力はいらないんだって、教えてあげれば良かった。どちらにしろ、私には本当に死ぬ覚悟なんてなかったんだよ。でも死にたくないのに死のうとするって何? もうわかんない」  そう言って頭を掻きむしる。 「波瑠、やめなって……」  私は言ったが、そんな弱々しい言葉が波瑠に届くはずもなく、彼女は更に早口で喋り続けた。 「どうせ、辞めれば良かったんだよね。だって、みんな打ち合わせしたみたいに口を揃えてそう言うし。『自業自得』だって。例え親しい人たちを裏切っても、親に迷惑をかけることになっても、小さい頃からの夢を諦めることになっても、ニートになって知らない誰かから蔑まれることになっても、自分のために逃げなきゃいけなかったんだよね? そうすればこんな風に人生に汚点をつくったり、彼氏との関係も悪化することなんてなかったんだよね!?」  最後の方はほとんど怒鳴り声だった。波瑠の目は爛々と輝いていた。どういうわけか彼女は、今まで見たなかで一番生き生きして見えた。先ほどの虚ろな目とは違う、生きた「人間」の目をしていたのだ。そして、それが何よりも辛かった。
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