「辞めれば良かったのに」

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 怒鳴り声を聞きつけたナースが、心配そうに廊下からこちらをうかがっていた。私はナースに向かって軽く頭を下げた。なるべく穏やかな顔をするよう心掛けて。 「ごめんね」  私は波瑠の方に向き直った。今度は私が謝った。彼女は小さく首を振った。 「死ぬほど就活して手に入れたものがこれだよ。私は夢に執着しすぎたかもしれない。他のみんなみたいに賢くなかったから。なんで職場のあいつ等が私にあんな仕打ちをするのかも、どうすればそれを回避できたのかも、いっぱい考えてみたけど、最後までわからなかったよ。正解がわからなかった。何が本当に正しいのか、私がどんな悪いことをしちゃったのか、全然わからなかった」  私は波瑠の包帯の巻かれた方の手を軽く、本当に軽く握った。彼女の鼻を啜る音だけが、静かな病室に響いている。どうすればいい。こんな時、私は何と言えばいい。  数分間の沈黙の後、私は徐に口を開き、ぎこちない調子で波瑠に告げた。     
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