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「醒めない夢を見たくはないかい」
またか。
最初に思ったのは飽きっぽい子供のような感想だった。
うとうととしている意識の中、あの悪魔の声がまた聞こえる。
この前出会った同じ夢の内容を深く覚えていて、ふいにあの内臓への苦痛を思い出し無意識に奥歯をガタガタ鳴らしてしまう。
身体が強張り、動かせなくなった。
もう痛い思いはしたくない。
そう思っていた時。
ふと潮風の香りが鼻孔を掠めた。
流れ着いたばかりの匂いだ。
目を覚ませば目の前には彼女の姿が。
いなくなったはずの、彼女の姿が。
闇と溶け合いぼんやりと輪郭を残していた。
「……嘘だ、そんな、」
「どうしたの?直樹君。」
「……ここは……」
「夜の海も綺麗だよね。」
真夜中の暗闇だ。
真っ黒な支配力は底を知らず波へと向かう彼女を飲み込んでいく。
消えてしまう。
零れ落ちてしまう。
僕が、何も出来ぬまま。
足が動かないのだ。
「待って…!」
「大丈夫!もう溺れたりしないから。久々の海気持ちいいなぁ。」
もう溺れないからなんて、それを言うの何回目だ。
彼女は海が好きだった。
そのせいで何度も波に飲まれ、その度に僕は彼女を助け出すため服をびしゃびしゃにしながら海へ潜った。
淡い光が反射する水色の中も、光を通さない暗闇の中も入ったことがある。
水にゆらゆらと揺られる彼女の姿をよく覚えている。
暗闇に溶け込む黒髪や青い服が揺らめく水中で、僕は溺れかけながら彼女を助けるのであった。
緊張と不安でいつも疲れ果てる僕を他所に、彼女は波に好かれているのねと笑っている。
これだから彼女は海に入ることを辞めないのだ。
僕がいる限り。
僕がいなくても、きっと。
海に愛される為に彼女は海を愛し、愛してもらう為に未知の地域へ足を踏み入れるのだろう。
恐ろしく暗い、現実とはかけ離れた世界へと。
だから好きなのだと言う意見にも賛同は出来るが、カナヅチが無謀なことをするのは辞めてほしい。いつも吐きそうなぐらい不安になるから。
目の前にいる彼女に近付こうと足を動かすが、足が思ったように動かない。
少しずつしか動かない僕を裏腹に、彼女は波に飲まれる準備がとっくに出来ている。
また出て行ってしまうのか。
止めてくれと叫んだ。
危ないから行くなと叫んだ。
それでも、彼女は止まらなかった。
もう僕の声なんか届かなかった。
だから。
だから彼女は。
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