#4 悪夢の理由は

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「久しぶりじゃないか。どうかしたの?」 船頭の彼は今日も僕のことを待っていた。 久々に見る黒い海に目眩を覚える。 ぷかぷかと浮かぶ木舟の中で彼が誘い込み、僕は大人しくそれに従って重い鞄をぶら下げながら乗り込んだ。 ぐらりと揺れる舟から黒く濁る海に映った自分が見えた。 酷く疲れた表情をしている。 退院したばかりだと言うのに、なんて様だ。 「あぁ。ちょっとね。」 「2週間くらい姿見なかったけど。体調崩した?」 「…まぁそんなところ。ちょっと入院してた。」 「へぇ。そうなのか。もう大丈夫なの?」 「うん。大丈夫。」 「あまり顔色良くないけどねぇ。さて、今日はどちらまで?」  「いつも通り」  地獄まで。 この日常はいつまで続くんだろう。 僕が仕事を辞めるまでか。 辞めようと思えばいつでも辞められる。 辞められるんだけど。 なんだか怖い。 これよりいい仕事なんてあるのか。 3流でもこのブラックさだ。 僕が我儘言ってるだけじゃないのか。 世の中甘くないんじゃないか。 ここで巡り合った仕事が、僕が全うすべき役目を与えてくれているんじゃないのか。 それを辛いからとか辞めたいからとか、安い気持ちで決めていいのか。 お先真っ暗だ。どちらにせよ絶望しかない。 「…ねぇ、江ノ原さん。」 君は疲れたりしないのかい? 「…え。」 「僕はこうして毎日君のお迎えをしている。誰に命令されたとかそんなのじゃない。これは僕の意志だ。僕だけがこの世界に取り残されている。君は迷い込んだんだ。この訳のわからない、おかしな世界にね。その中で思ったことがあるんだけどさ。言ってもいい?」 「…どうぞ。」 「本当に?」 「勿体ぶるなよ。」 「…分かった。じゃあ、単刀直入に言うけれどさ。君、異常だよ。」 「…ん?」 「君は異常だ。精神的に。だって、君は初めてここに来たとき何も言わなかった。僕が舟に乗りなよと言ったら素直に乗ってくるし、会社のことを地獄だと言うし。このあり得ない世界を当たり前のように受け入れている。僕は君の人間性を疑ったよ。まさか、こんな可笑しい人だなんて思わなかったからね。」 「…そ、んな…」  「現実を受け止めなよ。君は、頭がおかしいんだよ。だからこの世界に迷い込んでしまったんだ。分かってくれるかな?」 「…僕は…」
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