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「素晴らしい人間…?僕が…そんなの嘘だよ。」
「お前の素晴しさは時代の流れによって変形し、歪み、姿を消した。お前はただの平凡な人間になったんだ。覚えてないか?昔大事にしていたもの。」
「…そんなの、忘れた。あったかも分からない。」
「これだよ。ほら。」
そう言うと彼は何処から取り出したのか、ぼんやりと見覚えのあるアコースティックギターを僕に手渡した。
「お前には音楽の才能がある。」
「え。」
「懐かしくないか。それ。一時期は本気でミュージシャンを目指したじゃないか。忘れてしまったかい?」
「…そういえば。」
「だろ?今、それを目覚めさせるときだ。」
「でも、もう音楽なんて何年も聞いてないし…ギターも弾けるかどうか…」
「聞いてるか聞いてないかなんてどうでもいい。弾けるか弾けないかなんて関係ない。やるんだよ!その震える魂を覚醒させろ!長年仕舞っておいた音楽への情熱を、愛を、叫びを目覚めさせるんだ!お前の手で!」
「!…」
「それがお前の生まれ変わる道具のひとつだ。窓際族なんてまっぴら御免だろ?お前は、江ノ原直樹は生まれ変われる!もっと素晴らしい人間にな!」
「…出来るかな、僕に。」
「出来るともさ。何年も先にいた俺が全てを投げ出してこう言ってんだ。信じられるのは己だけ。なら、俺の話だって信頼出来るはずだろう?」
「…」
この人は僕で、僕はこの人だ。
しかもそのあと死ぬと言う。
僕なんかの為に。
彼は僕を導いてくれていたのだ。
信じられない訳がない。
「ありがとう。やってみるよ。」
「それでこそ俺だ。よく言った。」
「君の言う通りにしてみる。頑張ってみるよ。僕の為に、ありがとうね。」
「…じゃあ、俺の役目はもう終わりだな。そろそろ未来に帰らなくては。お前の安否を彼女に報告してくる。」
「待って。」
「ん?何だ?」
「最後の仕事。今日も僕を運んでよ。」
「…今世最後の地獄巡りか?いいぜ。付き合ってやろう。」
「今日は地獄じゃないんだなぁ。」
「他に行き先があるのか?」
「歓楽街まで。」
「…大都市の方か。若いっていいな。」
「ははは。あんたも十分若いくせに。」
「こちとらお先真っ暗だ。今日でこの世とおさらばなんだからな。」
「…僕のせいだね。ごめん。」
「別にいいさ。お前を更生させることも出来たし。今と全く違う自分を見るのもつまらなくはなかった。」
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