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街の雑踏音しだいに消える。アパートの鉄の階段をのぼる足音。ドアの鍵をまわす音。ドアをあけて中に入る音。
ハナ「あがって。楽にして」
ケン「妹さんは?」
ハナ「会社や。ミツとあたしで夜昼代りっこ。ミツは堅気のOLやけど、ばっ
てんうちは極道や(軽笑)。さあさあ、立っとらんと座って、胡坐かいて。ビール飲む?」
ケン「いや、俺は酒は…」
ハナ「あ、そか、ケンちゃん飲めんかったね。ほな、コーヒー淹れます。つい
でに風呂も沸かすけん」
ハナ、台所、風呂場へ行って支度する。その音。
ハナ「(台所から)なあケンちゃん、博多に来る前、二年間も外国放浪しとっ
たって…何でそげんこつしたの?せっかく入りんしゃった役所ば止めて、ラ、ランボー?…どこぞの詩人の真似しよったって。なして?結局日本の嫌になりんしゃったとね?」
ケン「うん…って云うか、自分のポジションを確かめたくってさ。人生って一
度きりだろ?死んでそのあとすべてが無に帰すなら、勤めも何も気にならなかった。俗に云う人間って何だ、何のために人は生きるのか…そういったことを自分の肌感覚で知りたかったんだ」
ハナ「日本じゃでけんの?」
ケン「(軽笑)そこさ。だから結局逃げてたんだ、実際のところは…自分から、自分の弱さからね。俺は根暗で、孤独で、人と交われない片輪者とかなんとか理由づけして…それを矯正するために海外での放浪が必要だ、なんて…自分に云い聞かせたりして(軽笑)。人生探究ともども結局は嘘ぱっちさ。日本で戦えない者が海外で戦えるわけがない。本当は単に海外にあこがれていただけかも知れない。ランボーにとってのアフリカと同じさ。とにかく逃げ出したかったんだ、いっさいから。自分のうすっぺらさと醜さがたまらなかった(軽笑)ショバ替えすれば何とかなると思ってさ…」
ハナ「ふーん、それでヨーロッパに二年も。帰りは中近東やらインドやら、放
浪して来んしゃった。ほんに流れのケンちゃんやね。店の人みんなそう云いよっとよ(軽笑)。(台所から戻って来て)はい、コーヒーどうぞ」
ケン「ああ(コーヒーかきまぜながら)…まるっきり馬鹿みたいだろ?俺って。貧乏人のくせにさ、まるで世間知らずのぼんぼんみたいだ(軽笑)」
ハナ「なん、そげんこつなか。うちもいっしょやったから、よう判ります」
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