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けれどそこにはいつもどおり、隣家の壁が迫っているだけで、当然誰もいない。 「……気のせい……? 」  眉を顰め、目だけで辺りを窺いながら、無意識に二の腕を摩る。  薄気味の悪いものを感じて、小走りに勝手口に戻ろうとした刹那。 『我がお前の希望を叶えてやろう』  今度こそ、耳元で囁く声。 「な、に……」  凍りついたようにその場から動けず、小夜は大きく目を瞠って震える声を漏らす。 『消えてしまえばいい。そう口にしたであろう。――――― 誰も彼も、消えればいい、と』 「それは……」 『我が力を貸してやる。代わりに、お前なその身の内に溜め込んだ甘美なる呪詛を我にくれればいい』 小夜の表情が僅かに緩む。 「……そんなことで、いいの? 」 『ああ、そうだ。安い代償だろう。お前は、我の力を存分に振るい、願いを叶えるがいい』 甘い禍津神の囁きは、じわりと小夜の心を侵食する。 『呪詛に染まったお前の心、全部喰らい尽くしてやろう。そうすれば……お前は何も悩まずに済む』  禍津神は声だけは甘く囁き、クク、と喉奥で笑った。
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