からわれる

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からわれる

終わりにするって決めた。 朝早くから夜晩くまで、できる限り働いてきた。 上長からも、後輩からも、パートのおばさんからも、嘱託のじいさんからも、頼まれたことはなんでもやった。 断れなかった訳じゃない。少しでもいい、会社の役に立ちたかった。 「社畜」ってあだ名で呼ばれてることに、つい最近気づいた。 給湯室から聞こえてきて、「ああ、岩田さんのことですよね。」って、若い女の子の声だった。 少しばかり誇らしくも思えたんだ、そのときは。 だって、ずっと、頑張ってきたんだ。自分のためじゃなかった。 インセンティブなんてないし、賞与だって大してもらえてないし、昇給だってないときだってあった。 それでも頑張ってきたのは、…仕事が好きなんだろうなぁ。 仕事ができていることがなによりも楽しいんだ。 ほかにすることないし、趣味もないし、休みの日なんてすることないし、友だちもいないし。 達成感とかそういうんじゃなくて、あれだからこうで、これやらなくちゃいけなくて、できたらこうしなくちゃいけなくて、って、こなすのが好きなんだろうなあ、淡々と。 もちろん間違えたりもするんだけどさ、そしたらそしたで、ああして、こうして、そうこうして、それでなんとかやり過ごせるし。 なんにもすることがないなんて、数分でも絶えられない。もちろん売上にだって貢献したい。一生懸命やりすぎて赤字になるなんていやだ。 けれど、自分の儲けにはならなくってもいーんだ。 この働きっぷりが、人から見ると「社畜」らしいんだ。 けれど、切れた靴紐を買いに行くこともできなかったんだ。 ふと、立ち上がったときに靴紐が解けていて、しゃがんで結び直そうとしたら、切れてしまったんだ。 だから靴紐を買いに行こうと思ったら、関山さんにコピーを頼まれ、係長に呼び止められ、課長にアポ取りを依頼され、田尻さんに資料集めをお願いされて、そんなことをしていたら、一向に靴紐を買いに行けないことに気がついたんだ。 こんなことばかりをしていたら、靴紐は切れたまま。解けたままの靴紐は、もう片方の足で踏んづけてしまいやすく、つまりは転びやすいってことだ。 転んだりしたら、大怪我をすることだってある。 この身ひとつ、大事にしなければならない。 頭の中でなにかが響いた。だからもう、終わりにするって、決めたんだ。
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