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黙ったままでいると、尚人は片目を閉じてゆかりを見ながら、数回、空咳をして、
「君が姿を消して、俺は外回りの時間を増やした。企画課だから、営業に同行して外回りすることはあったけど、それじゃ足りなかったし、思うように動けない。君を探す時間が欲しかったんだ。俺が君のこと、必死に探していたのは君も知っているよね」
と言った。
はい。すみませんでした。
こくりと頷いて見上げるとそのときのことを思い出しているのか尚人の眉が切なげにひそめられている。
ゆかりは、いたたまれなさで胸がギュッと締めつけられる。
消え入りたい気持ちとはこのことだ。
……あの時は、さやかへのどうしようもない嫉妬心が抑えられなくて、自己嫌悪で。死んでしまった人に勝てるわけない、なんて考えてしまって。
これ以上尚人の前にはいられないと思いつめてしまったのだ。
自分が義理の兄、和志に片恋していた時に感じた嫉妬とは、明らかに違うその感情の濃度の濃さ。
自分の内にある感情の濃さにゆかりは狼狽えた。
とても耐えきれるものではなかった。
だから逃げるように会社を辞め、住む場所を変えた。
尚人から、逃げた。
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