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Tシャツが露で濡れて寒い。凍えそう。夏なのに。いや、夏だったかな……わからなくなりそうだ。
「誰か、誰かいませんかー」
ダメもとで声を上げてみた。返事がなくて虚しくなった。旅館の誰かが、あの仲井とかでも、ゆかりが帰ってこないことに気づいて探しにきてくれないだろうか、とチラリと考える。
少しだけ待ってみる。
返事は返ってこない。
「どこか、よじ登れないかな……」
と言いながら、ゆかりは突き立つ崖の地肌に爪を立てみた。もと来た崖の上まで登ろうというのだが、何しろ腕力がない、所々ある窪みに指を引っ掛け、気まぐれに生えている雑草を足掛かりに体を上へ持ち上げようとするのだけれど、地質のせいなのか体重のせいなのか、すぐにほろほろと砕けて、ゆかりは何度も落下した。大して登らないうちに落ちるし、崖のすぐ下にたくさん生えている程雑草がクッションになって落ちてもさほど痛く感じずに済む。
ただ、土の壁に張り付いては落ちてをくりかえすうち、ゆかりを受け止めていた健気な雑草たちはぺしゃんこになって、靴底についた草の汁で滑るわすべる、踏ん張りがきかなくなった。
また落ちた。
心が折れる。
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