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——ああっ、これってもしかして〈前門の虎後門の狼〉ってやつ?  いやいや、そうじゃなくて。  ガタピシと、フリーズしてしまったゆかりを、尚人が覗き込んできた。  あ、この瞳……。  尚人の吐き出す甘い糸に絡めとられるような錯覚。これにいつも自分はやられてしまう。理性的に考えようとするゆかりの防護壁を最も簡単にこじ開けてしまう不思議な魔力を持つ尚人の視線。 ——こいつと付き合うから。 と、当時の恋人、一美を前に直人が言い放った時。 ——俺のこと、好きになれよ。  いろいろと強引なくせして、懇願する目をしてみたり、同時に何かふてくされてるみたいな表情をするから、うっかり交際にオッケイしてしまったあの時。  尚人の瞳は湖の湖面を思わせる深い色をしている。 湖面のきらめきが止まる一瞬、深みに目を凝らしてしまう感覚。 覗き込んでいるのは自分の方なのだ。 ゆかりは尚人の深淵にすっかり捕まってしまっている。いや、ハマっていると言う方が正しい。 身も、心も……。  危うくぼうっと頷くところだった。咄嗟にふるふるっと頭を横に振り、 「わ、わかりました。同棲します」 とゆかりは答えた。
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