5 我感じる。故に我在り

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 チューブ状のスケート・コースはうねうねと、天を駆ける大蛇のようにフォーラムの上空を走っている。猛スピードでチューブの内面をぐるぐると滑り、上も下もなくなる。重力から解放され、疾走感そのものになる。他のスケーターの間をすり抜けていくスリルと興奮。  一万メートルほど滑ったところで、速度を落として景色を眺める。  見下ろす74番フォーラムの町並みは美しい。ギリシアのサントリーニ島を模した白と青の箱が寄り集まったような建物群。老人も子供も歩いていない。視界に入るのは生を謳歌する若者だけだ。  飢餓も病原菌もテロも汚物もない、美しく快適な人類のユートピア。しかし、とてつもない欠落を抱えている。住人のデュープリケートは人類ではないし、人類は培養液に浸された実験体だ。  私たちはなんなのだろう。なんのための存在なのだろう。いつかのオベロンの問いが、まだ私の中で残響していた。  自分たちは何者なのか。人類の末裔なのか。それとも単なる情報に過ぎないのか――などという問いについて、とことん意識的なデュープリケートもいる。  彼らは「センティオ」という宗教団体のようなサークルを作り、日々、勧誘と哲学議論、そして快楽の追求に勤しんでいる。おかしなドラッグでハイになって、日がな幻覚を見て遊んでいる者もいる。金持ちはインフェルノへ行って、もっと堕落した遊びにふける。逆に、自分を傷めつけたり、苦行のようなことをする者もいる。     
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