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「生きているの、あなた?」
聞こえてきた可愛らしい声に顔を上げる。あれからどのくらい経ったのかはわからないが、夕日は変わらずそこにあった。
「生きていたのね、よかった。それよりもあなた、ずっとここにいるつもり? 土手の上からは見つからない良い場所だけど、河原の見回りだとここは真っ先に見つかっちゃうわよ」
まるで鈴を転がしたような声だと思った。それほどに高くて可愛い女の子の声だった。しかし言葉の内容はあまり頭の中に残せてはいない。
「……君は、だれ?」
「あら。人に名前を訪ねるときは、まず自分から名乗りなさいな」
「僕は、ゆう」
「そう。私はメヌエット・ビスク・バロック。フランス人形なの、よろしくね」
よろしく、と言ってふわりと笑った少女はまさしくお人形のようだった。くるくるときつめに巻いた色の薄い長い髪も彼女によく似合っているし、青い大きな瞳とそれを縁取る髪と同じ色の睫毛、ふっくらとした白い頬のどれをとっても作り物のように可愛かった。
「えっと、メヌ……? びっく? 人形?」
「ごめんなさい、長かったかしら。私のことはメヌで良いわよ」
こほんと調子を直してから言い直し、ゆうの手を引いて立たせた。あんまり急いで立たせるものだから、勢いを殺せず彼女のふわふわなドレスに飛び込んで埋まってしまった。
「急ぐわよ、ここにいればいずれ見つかるわ」
「見つかるって、何に?」
「あなたも見たはずよ。ここの上を通ったはずだもの、ブリキ兵たちが」
「ブリキ兵?」
彼女いわく、赤い隊服を着た二十人前後の兵隊たちらしい。恐らくは自分の見た、あの恐ろしい鈍色の肌を持つ兵隊たちのことだろう。思い出すだけで鳥肌が立つ。
「あれって、一体何なの?」
「ブリキ兵はこの国を守るものよ。ただただ一心に、この国の規律を乱す者を無くそうと努めるものたち。この国の防衛手段の具現。彼らには心が無いの。心が無い分、容赦もないわ。やり方も非道だから恐ろしいの」
そう言って言葉を切った彼女に連れられて土手を登った。あれだけ苦労していたのが嘘のようにするすると登ることができた。
こっちよ、急いで。そう言われるままに歩き通し、やがて暗く深い森へと足を踏み入れた。湿って湿気を孕んだ森の中は、見えないものの生き物の気配がしてどこか甘い香りがした。
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