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「うわあっ」
ぐいっと手を横に引かれてハッとした。森の甘い香りに頭がぼうっとしていたのだろう。もし手を引かれなければ、今頃猛スピードで横を駆け抜けていった小鹿の集団に踏まれ、蹴飛ばされ、ボロ雑巾になっていただろう。
「気をつけなさいな、この森はあなたに優しいものばかりじゃない。むしろあなたにとっては危険なものの方が多いわ」
「う、うん」
手をつないだまま宙をふよふよと浮遊する木の実のような虫や、またもや集団で駆け抜けていく猫や狐(に見えた)を見送り、たいそう立派な大木のもとへと来た。
樹齢が計れないほど大きな幹に、身長ほどもある葉。枝などは胴の何倍もある。
「行くわよ」
首が痛くなるくらいに見上げていたゆうを見ながら、メヌが言う。
「……これ、登るの?」
「まさか」
苦笑して幹に手をつき、そこを軽く押した。するとガコッと数センチへこみ、障子のように横にスライドした。残ったのはぽっかりと口をあけている黒々とした穴だけだ。
「ほら、ついてきなさいな」
そう言うが早いか、メヌはひょいと穴をくぐって落ちて行った。
「えええ!? 落ちて!?」
相当戸惑ったものの、早くしなさい、と中から遠ざかる声が響いてきたので意を決して穴の淵に立って震える足を叱咤して、でも怖かったので目をつむって飛び込んだ。
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