森の奥には、ふたりの王子。

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「……休憩ばっかしてるから、数字が上がんねぇんだろ」 ボソリとつぶやいた同期に、三井は思わず吹き出す。 「旺佑(おうすけ)、直球ッ!」 保志(ほし)旺佑は、黒ぶちの丸眼鏡の向こう側で、アーモンド型の目を細める。 「三井も見てみろよ、この企画書。クソつまんねぇ」 周囲に先輩社員がいないこともあり、発言が容赦(ようしゃ)ない。ひとまわり年の離れた者への配慮は、そこには存在しないようだ。 先ほどまで旺佑がホッチキス止めしていた資料を渡された三井は、数ページめくり苦笑(にがわら)いを浮かべる。 「客先でプレゼンしてる姿を想像したら、寒くて死ねる」 “寒死(さむし)”やな、と言いながら、企画書を加藤のデスクに置く。「だろ?」と旺佑も笑う。 ふたりとも営業部での研修は初日だが、入社式で座席が隣り合っていたことがきっかけで、すでにプライベートでも飲みに行く仲だ。 今春大阪から上京してきた三井は、パーソナルスペースが皆無(かいむ)の男で、(なか)ば押し切られるように距離を詰められた。 ただ、多少の強引さがあっても不快に感じさせないのは、彼の長所なのだろう。
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