森の奥には、ふたりの王子。

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「お、資料準備できたか~?」 ヤニくさい加藤が席に戻ってきた。空気を読まない男だが、いまは逆にそれがありがたい。 「……お疲れさまです、加藤係長」 「なんだ茨木(いばらき)、帰ってたのか」 顔をしかめる加藤に会釈(えしゃく)をして、茨木は自席に戻った。カバンから資料の(たば)を取り出すと、すぐさまパソコンの画面に向かう。 加藤のおっさんとは、やっぱり違うな。 ピンと背筋が伸びた茨木のうしろ姿を横目で見ながら、旺佑(おうすけ)はぼんやりとそんなことを思った。 「準備できてるな。ゴクローサン」 じゃあ帰るか、と旺佑たちが準備した資料をデスクに無造作に戻すと、加藤は帰り支度(じたく)を始める。 ふたりの新入社員は、思わず顔を見合わせた。 営業部での初日は、資料のホッチキス止めと、加藤がためこんだ書類をシュレッダーにかけただけで終わった。 「定時過ぎてるぞ。オレは残業はしない主義なんだ」 まずは就業時間内に仕事しろ! という叫びは、(のど)の奥に押しこんだ。
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