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森埜旺佑の人生において、“その日”ほど緊張した日はなかった。
「……は、はじめまして」
笑顔を貼りつけて、明るい口調で挨拶をする。飛び込み営業など比にならない緊張状態に、思わず声が震えた。口の中はカラカラに乾いて、真新しい畳の匂いに、むせそうになる。
「…………」
座卓を隔てて対峙する初老の男は、目を伏せたままピクリとも動かない。
沈黙。また、沈黙。
重苦しい静寂に、旺佑の胃はキリキリと痛んだ。
若いとはいえ、これまで様々な経営者と接してきた。難局を乗り越えたことも少なくはない。だが、現在置かれた状況に、これまでの経験など、すっかり霞む。
「……ところで」
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