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社長はご在宅ですか? 嫣然と微笑して、彼女が首を傾げる。
うわ。
冬馬少年はそのとき、心臓を鷲掴みされたような気分を味わった。信じられないぐらい胸が早鐘を打つ。
恋は落ちるものだ、とひとは言う。
彼はこの日、保志玲子に恋をした。茶封筒を片手に父を訪ねてきた、地味なスーツに身を包んだ七歳年上の女性に惚れたのだった。
「私と初めて会ったときのこと、覚えているかしら?」
ニッコリと笑って問うてくる妻に、冬馬は「どうだったかな」とお茶を濁す。若気の至りのあれやこれやを、思い出させるのは正直勘弁してほしい。
息子の片思いを生温かい目で見守るのは楽しいが、いざ矛先をこちらに向けられると、どうも居心地が悪い。
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