第1章

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 台所のテーブルの上には、簡単なおせち料理が入った重箱が乗せてあった。テーブルの隅には、薬の紙袋や塗るタイプの湿布薬やメモ帳が入った箱がある。いつもらった薬なのか知らないがいつも同じものがそこにある。  今年一年、美嘉ばあが健康で何事もなければいいな・・・。  美来は、椅子に掛けておいたカーディガンを羽織り、洗面所へ向かった。 「よそ様の飼い猫に愛着が湧き過ぎるのはよくないよ」  と味見にむせながら美来ばあが言った。動物の死に目に会うのは辛いものだ、とも。  ばあちゃん、新年早々、縁起でもないこと言わないでよ。美嘉ばあだって人間っていう動物なんだし。ミケよりも歳いってると思うよ、とはとても言えない。  美来は、新しい歯ブラシの包装をちょっとイライラしながら破った。 「それにしても、おまえさんはこの家がとても居心地がいいみたいだねえ」  美嘉ばあは、足元にまとわりつくミケに、みそ汁の出汁用のいりこを皿に分けてやった。 ミケの首に赤い首輪が付けてある。取り外し簡単で長さも調節出来るマジックテープで留めてある。 「それで、あたしゃ、おまえさんをどっちの名前で呼べばいいんだい?」  美嘉ばあは、糸の縫い目でも数えるように、じっと首輪を見詰めた。 「おまえさんにも今年一年、いいことが沢山あるといいね」  と言いながら、美嘉ばあは、いりこを一つ皿に足した。  赤い布の首輪に黒いビロードが縫い付けてあり、そこに茶色の刺繍糸で刺繍が施してある。 「チャー 栄町二丁目」  家族三人揃って新年の挨拶をした後、テレビを点けっぱなしでゴロゴロと寝て過ごしていると、直に父親が立ち上がる。 「そろそろ行くか。正月早々、食っちゃ寝だとまた太るぞ、美来。お義母さん、準備はいいですか?」 「どっこらしょ」  と美嘉ばあは立ち上がった。 「私、お餅は毎年食べないもん。どっこらしょ」  と美来は着替えに二階へ上がった。  美嘉ばあが、取り外しておいた古いお札や破魔矢が玄関の靴箱の上に置いてある。普段なら、そんな所に物を置いたら忘れて出掛けそうだが、こればかりは忘れない。毎年変わらない行動だから。そこに、今年は真新しい光景があった。靴箱の上に茶トラの猫がとても玄関飾りの置き物とは思えない大きさで丸まっていた。
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