第1章

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冬 始まるってこういうことなのね 「クリスマスはどうしてた?」  もういいよ、その質問・・・。   商店街のスーパーへ夕食の買い出しに行く途中、祖母の美嘉が毛糸のマフラーを耳まで引ったくり上げながら訊いた。秋口から網み始め、一時間ほど前に美来がプレゼントした焦げ茶色のマフラーだ。頭には渋茶色のニット帽。これも美来が編んだ去年のクリスマスプレゼント。地味な色ばかりだな、と冷たい空気に少し赤らんだ艶のある祖母の横顔を盗み見て思った。 「昨日のイブならフツーに家にいたよ」  祖母は、クリスマスイブしかクリスマスと思っていない。  三人の仲良し女友達のうちの一人に彼氏ができた。その子は、これまで均衡を保ってきた三人の輪を幸せそうな顔をしてブチっと引きちぎった。まるで、もう使わなくなったマスキングテープを素手で何処からでも引き裂くみたいに。  祖母への贈り物の色が年々濃くなるのは、余計な気を回しているせいかな、と差し掛かった公園に目をやりながら思った。  編み物など趣味の手芸以外、得意というものもなく普通に県立の女子高に通う美来は、「キリスト教信者じゃないしね」と付け足して、気が抜けて風船が萎んでいくように背を丸めた。  来年はもう少し明るい色合いの物にしようか・・・例えば、公園で遊んでいるあの人が着ているようなちょっと濃い目の赤い上着・・・ん?何だっけ、あれ? 「ねえ、美嘉ばあ、あの赤いちゃんちゃんこみたいな上着って何だっけ?」 「あー、ドテラ?そう言やあ、最近見ないね。今でも何処かで売っているのかね?」  そうだ、ドテラだった、あれ・・・。  こうして、幼い頃に母を病いで亡くした美来の知恵袋は、美来の母を若くして産み、まだまだ若い祖母の美嘉との会話で膨らんでいく。母を亡くした美来と美来の父親は、美来の小学校入学時に、隣駅にあった祖母の家の近所へと、益々近くに越してきたのだった。事実、徒歩二分と掛からない場所に父娘のマンションはある。だったらいっそのこと、一緒に住んだら手っ取り早いのに、と思うのだが、父としてはそうもいかないのだろう。 「うわっ!あの赤ドテラ、大人じゃん!」  公園のド真ん中で小学生に紛れていた赤ドテラが急に立ち上がった。つられて小学生達も立ち上がり、次の瞬間、水面の波紋が広がるように一斉に後退った。美来は、子犬でもいるのかと思い、目を凝らした。
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