第1章

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 台所から「女の子がバカとかオヤジとか言うもんじゃない!汚い言葉使いはひょっとした拍子に本人やよそ様の前で出るもんだよ」という声が聞こえた。  玄関を開けると、いつも線香の香りに包まれる。今だってそうだ。夏場どんなに換気をしても、今日みたいに暖かい湯気と鍋の匂いがしても、この木造の家の壁には、既にあちらこちらに線香の香りが沁み込んでいる。  洗面所で、ゴソゴソと持参した荷物を所定の位置に配置して手を洗う。 「ばあちゃん元気でパンツ新品真っ白!」  手の泡をすすぎながら鏡を見る。 「なあーんかパッとしないなあ。『処女のまま今年も暮れる高二女子』一句」  と、・・・チャプンと洗濯機の奥の風呂場で音がしたようなしないような。昼間は陽が入るので風呂場は明るく、電気は点けていない。音はそれだけだった。  風呂場も年末だな。美嘉ばあが大掃除をしたのだろう・・・。  おせち料理は面倒臭いので、簡単な物だけ作る。美嘉ばあの正月料理の手伝いをして、風呂に入ってゴロゴロと正月を迎える。友達と初詣に行く以外は寝正月を想像しながら、美来はろくに手も拭かず洗面所を出た。どうせ、これから台所に立つのだ。  既に台所のテーブルには、幾皿もの料理が出来上がっていた。いつもながら、おしなべて茶色い。そして、美嘉ばあは今まさに、鶏の唐揚げを揚げている最中だった。 「美嘉ばあ、はい、これ。年寄りには良質なたんぱく質が必要なんだって。昨日、お父さんが牛肉買ってきた。って言うか、美嘉ばあの唐揚げ、ニンニクと醤油がいい感じで最高だぜ!」  美来は揚げたての唐揚げをつまみ食いすると、思わず「あっちぃー!」と叫び、焼けた石の上に裸足で乗り上げたかのような踊りをした。 「危ないね、油のそばで」  美嘉ばあが肘で軽く美来を押しやる。  と、・・・ 「あの~、すみません。お風呂お借りしました」 「!!??」 「いいのいいの。まったく変わった猫もいるもんだね。美来、お風呂に入るんだって、この猫」 「はい。すみません」  ちょっと待って!なんでラジコン神赤ドテラが台所にいる?しかもなんで猫を抱いている?で、なんで猫が風呂に入る?で、なんでばあちゃんちの風呂? 「お、お風呂って・・・入ってたの?」 「はい。猫が」
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