第1章

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 当の猫は、赤ちゃんのようにラジコン神赤ドテラに抱き付いている。抱き付いているので顔はこちらを向いていない。肉付きの良い背中と腰を見せているだけ。健康優良児というより、でっぷりとした肥満児の赤ちゃんみたいだ。黄色い茶トラ柄だけど。  美来は脅さないように静々とラジコン神赤ドテラの背後に回った。神は、まるで自分の子供の顔を見せるように斜めに身体をスライドさせ、肩越しに猫の顔を美来へ向けた。  目が合った、猫と。無反応、猫が。太々しくてムッとするけど、その分も何故だか可愛さとなり、余計イラつく。美来は無反応の茶トラをガン見したまま、声を落として訊いた。 「私の声、聞こえてました?」 「色んなものが純白ってこと?あ、いや、すみません。いや、その、そーいうの、大事なことだと思います。引き続き大切にしてください」  ああ、やっぱり・・・。  美来はそれには無言で、茶トラの鼻先に唐揚げを掴んでいた人差し指の指先を近付けた。茶トラは、仏像のような半開きの目になり鼻先を付き出して指の匂いを確かめると、「ウォッ」とおっさんの低い咳払いみたいに鳴いた。 「この猫、唐揚げ食べます」 「・・・」 「あ、すみません。何でもないです」 「・・・」  瞬きを一つした美来は、催眠術に半分かかった心持ちで唐揚げを手で割り、中の鶏肉の部分だけ少し切り裂いて猫の鼻先に近付けた。猫は何の疑問もなく、一口でパクリと口に入れると、目を瞑って少し首を斜めにし、鶏肉を咀嚼し始めた。 「衣も食べます」 「えっ!でも、そんなの食べさせていいの?」  と言いつつも既に衣をちぎる。 「うわあ、ホントだ。人間みたい」  気付くと、ラジコン神赤ドテラは顔を後ろに捻り、茶トラの食べる顔を見ながら微笑んでいる。将来、この人の奥さんになる人は、こんな風に赤ちゃんを抱いたこの笑顔を見るのかな、と電光石火の速さで美来の脳裏にその絵が浮かんだ。  とくん、とくん、とくん・・・。  心臓から血液が押し流される感じが分かる。今ならはっきりと、自分の心臓は身体の中のここにあると示すことが出来そうだ。美来は、揚げたての唐揚げをもう一つ手に取った。ラジコン神赤ドテラは、「よしよし」と言いながら子供をあやすように、茶トラを上下に揺すったりしている。
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